お遍路の道で立ち止まった、心に残る言葉たちのこと
四国へお遍路に出ると話すと、「観光ですか?」と聞かれることがあります。正直に言うと、最初の私もそれに近い気持ちでした。西国三十三所を巡礼してる時に、「次はどこへ行こう」と地図を眺めていたときに、四国八十八ヶ所の文字が目に留まった、というのが本当のきっかけです。
私が四国八十八ヶ所に行くきっかけは、御朱印ブームだったことと、逆打ちで巡礼する旅行会社のプランがたくさん出ていたのが目に入ったからです。自力で歩いて回る本格的なお遍路ではなく、バスツアーでの参加でしたが、当時、阪急トラピックスで申し込んで、約一年かけて満願しました。
バスで回るのですが、出発地から近いところは日帰り、距離があるところは1泊2日で行っていました。行きのバスでは般若心経を唱え、参拝した後もバスに戻ってからまた般若心経。バスツアーでは2回以上はお経を唱えることになります。
バスツアーで一緒になる人は高齢の方が多く、70代の方がほとんどでした。その方たちは何も見ずに般若心経を唱えることができて、最初はその姿に驚きました。私も1年くらい続けるうちに、見なくても言えるようになりました。繰り返すとなんでもできるようになる 笑
巡礼を始めて少し経ったころから、一緒のツアーで行く人や道で出会う方々のちょっとした一言が、ふと心に引っかかるようになりました。「あの言葉、覚えておきたいな」「これからも、ことあるごとに思い出すかもしれないな」——そんな瞬間が、不思議と何度もあったのです。今日は、四国八十八ヶ所のお遍路旅で出会った、私がこれからの人生の節目に思い出したい言葉をいくつかご紹介します。
なぜ四国八十八ヶ所へ——区切り打ちで始めた新しい巡礼
四国八十八ヶ所は、西国三十三所よりもずっと長い旅です。全部を一度に歩く「通し打ち」をする方もいますが、今の私には、仕事や家のことを考えると、現実的ではありません。そこで選んだのが「区切り打ち」、つまり何回かに分けて少しずつ巡る方法です。
まだ、がっつり夜勤をしていた時に、月に1回連休になるように希望休を入れていってました。旅行会社の出発日に合わせて希望を入れて。。。と面倒でしたが、月に一度、一泊二日ほど旅行する。そんなペースで、「いつか全部回り終える」というゴールよりも、「今回はここまで来られた」という積み重ねの方が、今の私には合っているように感じます。
「お互い様です」——道で出会ったお遍路さんの言葉
ツアーでは先達さんがいてくれます。初回の回は元々お寺の住職さんで、もう数え切れないくらい何巡もされていた80代の方でした。キリッとしていて、年も感じさせないキビキビした動き。バスの中での話は面白い話も混ぜながら、巡礼の話をしてくれました。私と友達は師匠と勝手に呼んでいました。
巡礼先のお土産屋さんではお接待と言ってお茶をいただけるところがありました。お礼を言うと、返ってきたのは「お互い様です」という一言でした。冬の時期には地域の婦人会の人が編んでくれた、マフラーを頂いたこともありました。人の優しさを感じられた瞬間でした。
看護師時代、私はどちらかというと「お世話をする側」にいることが多く、誰かに助けてもらうことに、申し訳なさ感じていました。でも、その方の「お互い様です」には、上下のない、同士の温かさがありました。助ける側・助けられる側を固定しない——この言葉は、今も私の中でそっと光っています。
「歩けるうちに、歩いときなさい」——お寺の方からいただいた言葉
ある札所で、納経所のご年配の方と少しお話をする機会がありました。私が「57歳になってから、体力が落ちてきて」と話すと、その方は笑いながら「私はもう80を超えたけど、若い頃にもっと歩いておけばよかったと思うことがいっぱいあるよ」と教えてくださいました。
そして続けて言われたのが、「歩けるうちに、歩いときなさい」という言葉でした。何気ない一言でしたが、私にはとても重く響きました。目の前の業務に追われて、自分の体力や時間を「いつか自分のために使えばいい」と先送りにし続けてきたように思います。
でも、「いつか」は思っているよりずっと早くやってくるものです。今、こうして歩ける体があること、休みを取って遠くまで出かけられること——そのこと自体が、すでにとても幸せなことなのだと、改めて気づかされました。
働く体力があるうちに、楽しみを見つけて一人で歩けていきたいところに行く。これができるのは幸せなんだろうな。そう思えます。
「今日はここまでで、ええんよ」——無理をしない、という許し
足を痛めていて、少しの距離なら歩けるけど、みんなのペースで歩けなかった時、すごく残念で落ち込んでいたら、お遍路は、誰かと競争しているわけじゃないんやから。無理して怪我したら、続けられんようになる。今日は巡礼できたたけで大丈夫、それで十分やないですか」。
看護師の仕事も、「今日中に終わらせなければ」と気持ちが急いてしまう場面が、今でもよくあります。でも、お遍路の道で「今日はここまでで、ええんよ」と言ってもらえたことで、「完璧に終わらせること」よりも、「今日できることをやって、また明日に続ける」という考え方の方が、長く続けるためには大切なのだと、肌で感じることができました。
言葉を持ち帰る——日々の暮らしの中での生かし方
お遍路の道で出会った言葉は、四国にいる間だけのものにしておくのは、もったいない気がしています。「お互い様です」は、家族や職場で誰かに頼ったり頼られたりするときに。「歩けるうちに、歩いときなさい」は、休日に出かけるのを億劫がりそうになったときに。「今日はここまでで、ええんよ」は、家事や仕事を一日で全部片付けようとして疲れてしまったときに。
看護師は、ご家族からの相談を受けることも多く、「もっとやってあげなければ」と気持ちが張ってしまう方によくお会いします。そんなとき、私自身がお遍路の道で受け取った言葉を思い出しながら、「今日できることだけでも、十分なんですよ」とお伝えすることがあります。自分が実際に歩いて、迷って、助けてもらった経験があるからこそ、言葉に少し体温がこもるような気がしています。
これからの旅でも、きっとまた心に残る言葉に出会うのだろうと思います。そのたびに、自分の人生の節目として、大切に持ち帰っていきたいです。
歩くことは、足だけでなく、心も整えてくれるものなのだと、四国の道で改めて教わりました。これから巡礼に出る方も、すでに別の形で「歩く」経験をされている方も、道中で出会う言葉に、少し耳を澄ませてみてもらえたらうれしいです。
次回予告
次回は「巡礼の旅で学んだ、家族を支える私の”心の整え方”」をお届けする予定です。お遍路や西国三十三所を巡る中で見つけた、家族との向き合い方や気持ちの切り替え方について、もう少し詳しくお話しします。またここでお会いしましょう。