57歳のナースが病棟を離れる決断をした日
「もう限界かもしれない」と思い始めたのは、いつからだろう。
夜勤明けに靴を脱ぐ力もなくて、玄関先に着くとホッとして座り込んだあの朝。「また来週も夜勤か」と思った瞬間に、胸の奥がすっと冷たくなったあの夜。それでも「もう少しだけ、もう少しだけ」と言い聞かせながら、気づけば何年も経っていました。
辞めたいという気持ちは、ずっとありました。でも、それ以上に「辞めてどうするの」という問いが頭を離れなかった。スキルがなくなるんじゃないか、収入が下がるんじゃないか、同僚に迷惑をかけるんじゃないか。そういう言葉たちが、背中を押す手よりも強く、私を引き止めていました。
今回は、57歳で病棟を離れる決断をした私が、「最後に背中を押してくれた言葉と出来事」を、できるだけ正直にお話しします。同じように「辞めたいけど辞められない」と感じているあなたへ、同世代の仲間として届けたいことがあります。
「辞めたい」と「辞められない」の間で、長い時間を過ごした
看護師の仕事は、誇りある仕事です。患者さんに「ありがとう」と言ってもらえる瞬間の重みは、何年経っても変わりません。だからこそ、「辞める」という言葉が、どこかで「裏切り」のように感じられてしまう。
私の場合、50歳を過ぎたあたりから、夜勤後の疲れが翌日だけでなく翌々日にまで持ち越されるようになりました。腰の痛みが慢性的になり、立ちっぱなしの勤務のあとは背中から腰にかけて張った感じが続き、動きがロボットのようになってました。「体が悲鳴を上げている」と感じながらも、「もう少し、もう少し」と続けていました。
転機は、ある先輩ナースとの会話でした。その方はすでに外来クリニックに移っていて、久しぶりに会ったとき、顔色が明らかに変わっていた。「病棟より給料は下がるけど、夜勤をやってた時のような無駄遣いはしなくなるし、金銭面で心配してたけどなんとかやっていけるものよ。無理するのと続けるのは違うよ」——そのひと言が、ずっと頭に残りました。
「迷惑をかける」という罪悪感と、どう向き合ったか
辞められない理由の中で、いちばん重かったのは「人手不足の職場への申し訳なさ」でした。慢性的に人が足りない病棟で、私が辞めたら残った人たちがもっと大変になる。その罪悪感が、決断を先延ばしにさせていました。
ある夜、遅番明けに控え室でひとりぼーっとしていたとき、ふと思ったことがあります。「私がいなくなっても、この病棟は回っていく。でも、私の体は私にしか守れない」——。誰かに言われた言葉ではなく、自分の中からじわりと湧き出てきた問いでした。
「自分を守ることは、わがままじゃない」。そう思えるまでに、正直ずいぶん時間がかかりました。でも、それは自己中心的な考えでもなんでもなく、長く働き続けるために必要な判断だったと、今は思っています。病棟もいずれ補充を考える。私の代わりはいる。でも、私の人生の代わりはない。
娘のひとことが、最後の背中を押してくれた
決断のきっかけは、意外な場所からやってきました。ある週末、娘と一緒に食事をしていたとき、ぽつりと言われた言葉です。「お母さん、最近ずっと疲れた顔してるよ。顔に出てるの、本人だけ気づいてないよ。孫が産まれるんだから、いつまでも元気でいてくれなきゃ困るよ。」
娘は特別なことを言ったわけじゃない。でも、その言葉が刺さりました。「笑ってるつもりだったのに」という驚きと、「そんなに追い詰められていたのか」という自覚が、同時に胸に落ちてきました。
家族に心配をかけながら、意地を張って続けることが、本当にプロとしての誇りなのだろうか。その夜は眠れなくて、久しぶりに「辞めること」を真剣に考えました。そしてその翌週、師長に相談の申し込みをしました。
師長との面談で言われた言葉——予想と全然違った
正直、師長から引き止められると思っていました。「もう少し頑張れないか」「次の人が入るまで待てないか」——そういう言葉が来ると。
でも、面談で師長に言われたのは、「悩んでたのはわかってたよ。体、大丈夫?」という言葉でした。責められることも、引き止められることもなく、ただ「ゆっくり考えていい」と言ってもらえた。
拍子抜けするほど、穏やかな時間でした。そしてそのとき、「辞めるって言ってはいけない、と思い込んでいたのは私だった」と気づきました。勝手に作っていた壁が、その瞬間に崩れた感覚がありました。
こんなにあっさり承諾してくれる師長ばかりではないと思いますが、なんか肩の荷が降りたというか、拍子抜けしたというか、複雑な気持ちになったのを覚えています。
「怖かったのに、言ってみたら全然違った」という経験は、今でも大切な記憶のひとつです。
辞める決断は、終わりじゃなくて、始まりだった
病棟を辞めた後、私は2025年大阪・関西万博のアテンダントとして働き、2026年4月からは市立病院の地域医療連携室で働き始めました。今の仕事は夜勤なし、立ち仕事もほぼなし。朝に出勤して、夕方に帰る。そんな当たり前の毎日が、こんなに穏やかだと思わなかった。
辞める前は「看護師として終わるのかな」という漠然とした不安がありました。でも、実際にはそうじゃなかった。病棟で積み上げてきた経験は、どこへ行っても消えないし、むしろ今の仕事でその経験が「言葉」として使えることに気づいています。患者さんや家族の気持ちに寄り添う力は、場所が変わっても確かにここにある。
「辞めたいけど辞められない」という気持ちは、嘘でもなく、甘えでもなく、それだけ真剣にこの仕事に向き合ってきた証だと思います。だからこそ、踏み出すのが怖い。でも、そのひとりの勇気が、きっと新しい景色につながっていきます。
まとめ——「いつかじゃなくて、今の自分」に正直に
辞めることを迷っているあなたへ、最後にひとことだけ。
「辞めたい」という気持ちは、弱さではありません。それはむしろ、長年真剣にこの仕事をしてきた、あなた自身の体と心からの正直なサインです。
いつか体が壊れてから動くよりも、まだ動ける今のうちに、次の選択肢を少し調べてみることを私はおすすめします。転職サイトを眺めるだけでも、心が少し軽くなることがあります。行動することが決断じゃない。知ることが、最初の一歩です。
同世代の仲間として、応援しています。あなたのペースで、ゆっくり考えてみてください。
「辞めると決めたら、次はどうすればいい?という具体的な疑問に向けて、
面接での自己PR についても見てみてくださいね。
またここでお会いできるのを楽しみにしています。